由来と霊験

お聖天さまは、古来より霊験あらたかなる尊格として多くの人々に信仰されている、深い慈悲と絶大なる力をもって人々の願いを叶えてくださる現世利益の最強神とも言われる神さまです。

当院では親しみを込めて「お聖天(しょうてん)さん」とお呼びしています。

お聖天さま(男天さま)は、ヒンデゥー教のガネーシャ神(仏教名:俄那鉢底(がなぱち)を起源とします。ガネーシャは、それは力の強い神様でしたが、人々が成そうとする事を妨害するなど、悪神としての一面も持ち合わせていました。あるとき、ガネーシャの前に美しい女性が現れます。ガネーシャはその女性に心を奪われ求婚したところ「あなたがこれまでの行いを改め、仏道に帰依するのならば結婚します。」女性が答えます。ガネーシャはこれを受け入れ、仏教に帰依しました。実はその女性は十一面観音様で、この出来事は観音様の慈しみのお力(慈善根力)によるものでした。これにより、ガネーシャは男天さまとなり、十一面観音さまは女天さまとなり、大聖歓喜天(お聖天)さまが誕生されました。天尊の力の強さによって、他の神仏様で叶わない願いも叶うとされることから「大日如来の最後の方便」とも言われています。

お聖天さまはヒマラヤ山脈にある霊峰「カイラス山(鶏羅山)」に住まわれています。我が国には、平安時代にお大師さま(空海)によって、唐の国から天降られました。主に真言宗や天台宗の寺院でお祀りされています。

そのご利益は多岐にわたり、商売繁盛・夫婦和合・子宝成就・厄除開運・心願成就・良縁成就・学業成就・病気平癒など、まさに私たちが日々の暮らしの中のあらゆる願いにお応えくださる神さまです。

なお、一部では、「聖天様は怖い」「生涯信仰しないといけない」「七代の福を全て取る」などの噂が流布されているようですが、すべて根拠のない迷信です。聖天さまは厳格な神さまですが、それは行者(僧侶や先達)に対するものです。信仰をやめた場合に起こることは、祟られるのではなく、ご縁がなくなるということです。もし子孫が不幸になるのであれば、多くの人々が全国有数の聖天様の寺院の待乳山聖天さま(浅草)や生駒聖天さま(奈良)に詣でていないはずです。当院がお伝えしたいのは、安心してご信仰いただきたいということです。

お聖天さまは一般的にに秘仏のため、そのお姿を目にすることはできません。当院のお聖天さまも秘仏ですが、江戸時代の高僧・以空上人がお聖天さまに、人々が拝見できるお姿を示して下さるよう祈願し感得された「歓喜童子さま」のお姿でお祀りしています。
※これまで一般拝観が行われたのは令和7年5月の「開山100周年記念式典」のみです。次回の予定はありません。

当院では、こうしたお聖天さまと尊いご縁を結んでいただくため、日々のご供養を欠かさず、皆さまの願いが正しく仏縁を通じて成就されるようご祈祷・ご奉仕をさせていただいております。

お聖天さまに手を合わせるとき、どうか静かにご自身の願いを見つめ直し、感謝と謙虚の心をもってお参りください。
その心こそが、お聖天さまの御心に通じ、人生に新たな道が開かれて参ります。

ご真言

オン キリク ギャク ウンソワカ (7返)
オン ギャクギャク ウンソワカ  (7返)
オンハラ ウンマニ エイソワカ  (7返)

お供えもの

お聖天さまは、仏教の天部の神さまで、如来や菩薩、明王よりも比較的人間に近い存在であられるのが特徴です。
そのため、人間とも好みが似通っているとも言えます。
お供えものとしては、ごはん、餅、お酒、大根などの野菜、甘い物、揚げた物、初物、珍しい物などを特に好まれます。
※肉、魚類、卵、ネギ類は禁忌物ですので、お供えしてはいけません。

当山への由来

江戸時代初期、弘法大師作と伝わる日本最古のお聖天さまのお像が、宮中にありました。徳川秀忠の娘で、後水尾天皇に嫁いだ東福門院は、そのお聖天さまを自身の念持仏とされました。その当時、宮中に出入りを許された一人の僧侶がいました。肉類、米穀、野菜を常に食さないことから、その名の付いた「木食以空上人」です。東福門院からそのお像を賜った以空上人は、四国を巡っておられた際、香川県にある八栗寺の背後にそびえる、八栗山の五つの峰を仰ぎ、ここが安置する適地と見定め、お堂(聖天堂)が建てられました。八栗寺は江戸時代を通して高松藩専属の祈願所となり、他国からも多くの参拝者が訪れるようになります。
当院は、大正14年、その八栗寺からお聖天さまを勧請し開山しました。